クロノトリガー〜5年目の真実〜

Last up date: 19.Oct.2000

はじめに

 1995年3月11日、スクウェアから発売された1本のRPGがあった。その名は「クロノトリガー」。4年後の1999年、Play Stationという新たなプラットフォームでもリバイバル発売された同タイトルは、坂口博信・堀井雄二・鳥山明の3人がタッグを組んだ「ドリームプロジェクト」による作品として話題を呼んだ。実務開発を行うスクウェアが、社内開発陣の粋を集めた豪華スタッフを取り揃えた事だけを見ても、このゲームに賭けた意気込みの大きさを知る事ができるだろう。
 当時15才の高校1年生であった私は、このゲームにアルバイトモニターとして関わる事になった。開発中のゲームに触れる事ができる、それは一介のユーザでしかなかった私にとって夢のような話であったワケだが、社外者を雇い入れる上で会社側は「情報漏洩」に特に留意し、アルバイトモニターには雇用契約時に5年間の守秘義務を課せられていた。
 あれから5年。今ようやく語る事のできる真実を、ここに公開しよう‥‥。


クロノのデバッグ体制

 クロノトリガーのデバッグに関して集められたアルバイトモニターは、基本的にはハガキによって募集された。ここでは、当時郵送されたハガキの文面を抜粋して紹介する。

募集ハガキ
スクウェアからのお知らせ 新ソフト体験モニター大募集!!

 去る2月に開催致しました、ファイナルファンタジ−フェスタ'94への参加
希望を頂きまして誠にありがとうございました。
 さて、スクウェアではイベントに参加してくださった方々を対象に今後、発
売されるゲ−ムのモニタ−を大募集します。開発中のソフトを実際にプレイし
て内容をチェックして頂くのが仕事ですのでふるって参加してください。
 尚、今回は同時期にA,B2種類のゲームモニターを実施しますので必ず、
A,Bいずれかを選びその日程の中で希望する期間を選んでください。

■実施期間
1.94年10/24(月)〜11/4(金)
2.  11/7(月)〜11/19(土)
3.  11/21(月)〜12/4(日)
4.  12/5(月)〜12/18(日)
* 1の期間は平日のみの勤務、2の
 期間は月〜土、3.4の期間は土・日
 祝日の勤務があります。
1.94年11/7(月)〜11/18(金)
2.  11/21(月)〜12/4(日)
3.  12/5(月)〜12/18(日)
4.  12/19(月)〜12/31(土)
* 1の期間は平日のみの勤務、2.3.4の
 期間は土・日祝日の勤務があります。
ご注意!!・・・A,Bにまたがっての期間の選択はできません。(無効となります。)
      必ず、A,Bそれぞれの日程の中で希望期間を選んで下さい。

■勤務時間:A,Bいずれも昼14:00〜夜20:00迄
■参加資格:・週5日以上、1日4時間以上確実に勤務できる方。
・15才(高校生以上)の方。(18才未満の方は、ご両親の承
 諾が得られる方のみ)
・給料は、すべてご本人に対して現金支給になるため、必ず
 受け取りに来られる方。
・このハガキが送られてきた方。 に限ります。
■実施場所:東京都渋谷区恵比寿某所
 (採用の場合、詳しい案内図を送付します。)
■内  容:スーパーファミコンで新ソフトをプレイし感想、意見等を述べる。
■報  酬:1時間あたり800円 (*交通費実費支給)
■応募方法:このハガキが届いた方で、参加をご希望の方は返信ハガキに
希望する日程及び、必要事項を記入し、10月4日(火)迄に
到着するよう返送してください。(電話での受付は致しません。)
■参加者決定:採用の方のみ、当社より10月19日(水)迄に通知致します。
■問合せ先(株)スクウェア 03(○○○○)△△△△ 担当/某宛
(但し、平日11:00〜17:00まで電話受付け)
 ここで、いくつか補足しておかねばならない。

・「ファイナルファンタジ−フェスタ'94」というのは、文面にもある通り、1994年の2月に晴海ドーム21で行われたイベントで、参加は事前登録制になっていた。そのため、参加希望者情報をスクウェアは知る事ができたのである。なお、このイベントでは開発中のFF6がプレイできるとあって申し込み数もかなり多く、抽選漏れで参加できなかった人も少なくないと思われる。また、3日間行われたこのイベントの2日目は、東京では近年まれに見る大雪に見舞われたために来場者数も少なく、お陰でFF6がやり放題だった。この日はバスの運行が雪の為に遅れていたので、東京駅から晴海まで学校帰りの制服姿で雪道をダッシュしたのを覚えている。ちなみに、初日と3日めは前夜から泊まり込み、一番乗りさせてもらった。
・ハガキにはA,B2つのゲームがあると書かれているが、Aがクロノトリガーにあたり、一方のBはフロントミッションであった。
・応募方法には10月4日必着の旨が書かれているのだが、このハガキが郵送されて来たのは期日ギリギリであったり、場所によっては期日を過ぎていた所もあったようだ。この点についてはVジャンプ増刊に掲載されている読者モニターのハガキの中で若干触れられている。抜粋すると、
あと、これに応募した理由が一つあります。
Vジャンプさんが募集する前に、スクウェアさんが
モニターを募集するハガキが送られてきました。
ぼくはうれしくてさっそく応募しようと、応募方法
見てボーゼンとしました。送られてきた6日なのに
締め切りが3日の日になっていたのです。
どうやってだすんですか。3日前の日に。
でもあきらめずにだしましたけど、なんの連絡も
ありません。メーカーさんがこんなミスをするなん
てくやしくてしょうがありません。文句をいい
たかったけど、スクウェアさんなのでやめました。
‥‥私が思うに、採用されなかったのは字が汚いからだったのでは(^^;)。モニターの仕事は、1日に何枚ものシートを書いて提出しなければならないワケで、読む側としても字は読みやすいに越した事はない。実際にどんな選考が行われたかについてまで知り及ぶ事はできないが、単なる「選考の結果」でしかないのは間違いない。私だって、期日を過ぎてからハガキを投函した一人なのだから。

 さて、前置きが長くなったが、ここからは実際にどのようなデバッグ体制が組まれていたかをお話しよう。まず、募集された期間1〜4は、それぞれ「1期」〜「4期」と呼ばれ、各期ともそれぞれ100人のアルバイトモニターが採用された。実際の開発は95年の1月中旬まで続き、モニターサイドでは6期まで雇用期間の延長が行われたので、半数以上は期間が重複しているとは言え、のべ600人余りがモニターに参加したことになる。全員が週5回、4時間としても、800(円)×4(時間)×5(日)×13(週間)×100(人)=20,800,000。1本のタイトルに2000万円以上という巨額なモニター費用が掛けられているというのは、やはり驚くべき事ではないだろうか。
 モニターの仕事は、100人が1つの大きな部屋(モニタールーム)に収容され、1人に1台ずつ、テレビモニター、ビデオデッキ、ゲームハード(SFC)があてがわれる。その日のROMが焼き上がると、1人に1つずつROMとビデオテープが手渡され、モニターは自分の席に着いてテストプレイを行う。バグを発見した場合はバグ1件について1枚の「バグシート」を作成し、詳細を書き込んで報告する。バグシートは、回収後に端末に文面を打ち込んで報告するシステムを取っていたため、全てを文章で説明しなければならなかったが、グラフィカルな指摘をしなければ伝わりにくい事も多いので、このシステムには自ずと限界があったように思う。定時の終了時間になると、ROMとビデオテープの回収が行われ、同時に感想シ−トとバグシートを一緒に提出する。なお、モニタ−中はヘッドホンを使用するため、モニタ−ル−ム内は静寂そのものであり、ボタンをコスり連射するだけでも部屋中に音が響く。普段は定時の開始時間(14時)にROMが配られるのだが、ROM焼きが遅くなったりすると待機時間が長くなり、その間は別のゲームを持ち込んで遊んでいたり、アニメのOVAを持ち込んで見ていたり、という風景も当時は見られた。
 これが一般モニターの流れであるが、4期からは「特殊モニター」というモノが設置された。これは、モニタ−の中でもバグ検出に優れた人だけを集めて、バグ出しを専門的に行う為のものである。特殊モニターは、一般モニターの中からの選考を経た8人が選ばれ、「特殊部隊」という妖しげな名前で呼ばれたりしたのだが、特殊部隊は時給が1000円に上がり、勤務時間もある程度の自己裁量が利く、という好待遇条件で仕事を行う事ができた。また、仕事場もモニタールームから開発部に隣接した会議室へ移り、仕事の方も報告のあったバグの再現・検証をはじめとして、フラグチェックからメッセージチェックまで多岐に渡り、1日に数十枚という単位のバグシ−トを提出する日もあれば、一つのバグの検証作業をひたすらやり続けたりと、一般モニターとは全く違う環境下での仕事を行った。年末にかけては多忙を極める生活を送った事もあり、ようやく休みの取れた元旦の日に吐血したというのも良い思い出である。また、会議室で仕事をしていた関係で、坂口氏や堀井氏と直接お会いする機会があったというのも、ミーハーだった私としては非常に嬉しい役得であった。


残されたバグの数々

 クロノトリガーには、マスタ−アップ直前に発見されたいくつかのバグが、製品版にも残ってしまっている事が分かっている。スクウェアブランドのバグに関しては、最近ではFF8のバグ騒動が記憶に新しいところだが、クロノトリガーに残っているバグについては、FF8のモノのように通常のプレイをしていて陥る危険性が、殆どないと言ってよいモノばかりである。そんなバグたちだからこそ、今なら笑って振り返ることができると思うので、以下にご紹介します。いくつかはPlay Station版でも再現するでしょうから(確認してないですけど)、話のタネに試してみては如何でしょうか。

「時の最果て」で分身(ハマリ)
やり方「時の最果て」で中央に居る老人に話しかけた後、メッセージウィンドウが開いている間に画面左側にある光の柱(ワープゾーン)の方へ移動し、光の柱を通りながらメッセージを送り切らないように決定ボタンを押す。これを素早く、できるだけ多くの柱について実行した後、メッセージウィンドウを閉じずに画面右端のシルバードの船着き場へ移動する。ここでメッセージを全て送り切ると、「〜年に行きますか?」という光の柱で決定ボタンを押した時のメッセージと、「シルバードに乗りますか?」という船着き場でのメッセージが次々に発生するので、これらに対してひたすら「はい」と答え続ける。すると、光の柱でワープする時の画面上部へキャラが飛んで行くアニメーションと、シルバードに乗る際の画面下部へキャラが飛び下りて行くアニメーションとが混同し、キャラが高速で画面を上から下へと落下し続け、そのまま先へ進まずに操作不能となる。なお、このバグはセーブタイトルが「時の卵」の時だけ発生する。
解説クロノトリガーが雑誌で紹介され出した頃に目玉の一つとされていたエーテルシステム(ATEL-Active Time Entertainment Logic)の悲しき名残り。メッセージの途中でも画面の中を動き回れることで自由度の高いフィールド作りや演出を実現しようとしたが、実際には不具合が多いために部分的にしか取り入れられていない。このバグも、老人に話しかけている最中に動き回れる事が原因で発生する不具合であるため、発見されてからすぐに、老人に話しかけた時にも自キャラの移動にロックをかけるよう対処が入れられたのだが、セーブタイトルが「時の卵」の時のメッセージだけは対処が漏れていたようである。
「金の石」イベント進行異常(ハングアップ)
やり方「デナドロ山」で、金の石を手に入れることができるマップまで行く。途中で切れているハシゴを降りる前の状態で、自キャラ隊列の先頭をカエルにして、敵キャラ「アウトロー」が投げてくる石に当たると、本来ならカエルが石をキャッチして「きんのいし」を手に入れる事ができるのだが、石が当たってからイベントが発生するまでの間にメニューを開き、カエルを先頭から外すと、投石が金の石に変わるイベントがキャンセルされる。この状態でハシゴを降り、ハシゴの下に居る敵キャラと戦闘をしたあと、もう一度カエルを隊列の先頭に戻してから右側のハシゴを上る。すると、アウトローにハシゴから突き落とされるイベントが発生するが、ハシゴの下に落ちたところで動かなくなりハングアップ。
解説イベント最中にメニューで割り込んだ結果、イベントの開始と終了の処理が正常に行われず、次のイベントで読み違いを引き起こす、という所だろうか。原因としては単純なので、操作キーのロックを行うタイミングを調整すれば対処できたのだろうけど、見つけるのが遅かったようだ。
「ガルディア王裁判」イベント進行異常(ハングアップ)
やり方中世で「虹のかいがら」を手に入れた後、現代のガルディア城に行くとガルディア王裁判イベントが発生している。裁判室の前に立っている衛兵に、マールをパーティに入れた状態で話し掛けるとイベントが発生するが、この時、Aボタン(話し掛ける)を押した直後にYボタン(メンバーチェンジ)を押し、マールをパーティから外してフィールドに復帰する。ここで、衛兵をすり抜けてキャラが裁判室に入って行けば成功。裁判室内でマ−ル不在のままイベントが進行し、裁判室から退出させられる。通常ではこの時、裁判室のドアは閉っていて入れず、地下に回らねばならないが、裁判室のドアは開いているのですぐに再び中へ入る。すると、法廷内のイベントシーンが流れた後に地下へ飛ばされ、ミアンヌ・バイターと戦う所に出る。ここで画面下方には戻らずにこれに勝った後、画面上方へ進み、「にじのかけら」を入手してから画面下方へ戻る。本来ならば、地下で最初に戦うハズのバイター×2が残って居るので、これを倒すと、マールが裁判所のステンドグラスを破って廷内に侵入するイベントへと飛び、ヤクラ13世との戦闘になる。最後にこれに勝つと、本来ならばマールとガルディア王の会話イベントシーンが始まる所で、マールがパーティに居ないためにイベントが進行せずハングアップする。
解説衛兵に話しかけてイベントを起動させるが、メンバーチェンジを割り込ませる事で終了処理が完全に行われず、裁判室のドアが開きっぱなしになった事でイベントの順番が狂い、マールの居ない状態でイベントに突入することが可能になってしまった為に起こるバグ。Aボタンを押してからYボタンを押すまでの時間は1/30秒〜1/15秒くらいで、これより早いとイベントが起動せず、これより遅いと衛兵のメッセージが始まってしまい正常のイベントが進行してしまう。この数フレームの間隙を縫って意図的に割り込みを行わない限り、このバグはまず発生し得ないワケだが、そこに割り込める隙間があると判明しただけでも驚きである。もしかしたら、見つかっていない同種のバグもあるのかも知れない。
「ミラクルショット」イベント進行異常(ハングアップ)
やり方「にじのかけら」入手後、ルッカがパーティに居る状態でルッカの家に行くと「ミラクルショット」を作るイベントが発生するが、完成する前の画面が暗くなって行く時にYボタン(メンバーチェンジ)を押し、メンバーからルッカを外して復帰すると、ルッカが居ないためにイベントが進行せず、ハングアップする。
解説イベント中にメニューを割り込ませる事ができてしまうために発生する不具合の典型例。
「光のほこら」キャラめり込み(ハマり)
やり方現代の「光のほこら」に「あんこくせき」を置くイベントで、「あんこくせきを置きますか?」というメッセ−ジに対して「いいえ」を選び、直後にキーを上に入れると先頭キャラが若干だけ前に進む。これを続けて5回程度繰り替えした所であんこくせきを置くと、キャラの立ち位置とあんこくせきが重なってしまい、そこから一歩も動けなくなる。
解説メッセージとメッセージの間に、ドット単位ながら移動できる時間差が存在する事を逆手に取ったバグ。と言っても、キ−操作を解放するタイミングを遅らせると操作の快適性を損なう怖れもあり、原因は単純ながら根が深く、対処は如何ともし難かったのではないだろうか。

クロノトリガーと私

 私にとってクロノトリガーは、初めて「モニター」という「仕事」として関わったゲームである。それ以前に、アルバイトをするコト自体が私にとって初めての経験だった。何もかもが初めて尽くしだったけれど、そうだったからこそ、持ち得る力の全てを注ぎ込む事ができたのかも知れない。いずれにしても、クロノトリガーは文字どおり、血と汗と涙とを流しながら携わり、完成した作品である。思い入れがあるからこそ、血を吐くまで働いたし、汗をかくくらい頑張ったし、エンディングを見て涙を流した。アルバイトではあったけれど、開発者の一員として自分の仕事に誇りを持つ事ができた。ここで得た経験は、自分の中で今も大きな意味を持つものであると信じている。そんな仕事に関われた事を、そんなゲームに名を刻めた事を、私は感謝し、誇りに思っている。

特殊部隊八號


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